親バカ父ちゃん子育て日記
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10月1日 もう10月になってしまいました。時の経つのはホントに早いものです。去年
の今頃ボクは久しぶりにスイスにいました。また初めて母、妻、娘を連れての旅行でした。
ボクは時としてけた外れにわがままになります。ボクにとっての外国旅行は生涯続けたい
道楽であります。20歳代には自分のわがままに任せて、あちこち出かけましたが、30歳
を過ぎてからは、去年のスイスが初めてでありました。一昨日に引き続き、おっさんになっ
ていくということは、20歳代のわがままを続けてやっていけないことなのでしょう。もっとボ
クはボクらしく、あほんだらを続けたいと思いますが、ふと自分の生活のことが気になりま
す。努力をしないボクは、家族を連れていつでも外国にいる環境にはありませんが、なん
とかわがままを貫き通せるように、いつも自分らしくありたいと思います。もう少し努力をし
ないといけません。人生はそんなに長くはないのですから・・・・・。
10月2日 涼子が近所のチビちゃん達と遊んでいました。小学1年生のお姉ちゃんと、
ひとつ上のお姉ちゃんと3人で遊んでいました。小学生のお姉ちゃんのいうことが聞けな
いらしく、涼子はお姉ちゃんにしかられていたようでした。”どうして怒られたの?” と聞く
と、”リョコタンネ、オバケゴッコ、コワイノ” と申し訳なさそうに言いました。オバケゴッコ
に参加できない涼子は、お姉ちゃんにしかられていたようなのですが、子供の世界にも
子供なりのつらいものがあるようです。遊びを通じていろいろ学んでいくのでしょう。ただ
ボクは涼子に言いました。”イヤならイヤって、言えばいいんやからな。ガマンなんかせん
でもええで。それでお姉ちゃんが遊んでくれへんねんやったら、お姉ちゃんと遊ばんとき。
無理すんな!” わかっているのかいないのか涼子は静かに頷いていました。
10月3日 先週の火曜日に涼子にきちんとお祭りを見せてやれなかったので、今度こ
そと南木曾町の花馬まつりに出かけました。朝早く起きて今回はばっちり涼子に見せる
事ができました。田立という駅から五宮神社というところまで、1キロもない距離を飾りを
いっぱい付けた3頭の馬を従えて練り歩きます。神社までだらだら歩くので、涼子はおろ
か僕たちまで疲れてきて、早く神社に着かないかなと少々だれてきてしまいました。クラ
イマックスの、馬の飾りを見物客が一斉に取りに行く様は圧巻でした。僕たちもひとつ頂
戴することができ、これを家に挿しておくと厄よけになるということなので、喜んで持って
帰ってきました。とりあえず涼子は納得していたようです。祭りが終わり、大桑村の阿寺
渓谷でお弁当を食べ、地図を見ていると名古屋がすごく近かったので、南木曾駅に車を
おき、電車に乗って訳もなく名古屋まで出かけました。電車の都合があり、わずか3時間
程度の滞在でしたが、久しぶりに都会をうろつき、少々疲れてしまいました。田舎の祭り
も、都会を歩くのもそれぞれおもしろみがありますが、やはり住まいは田舎の方がボク
にはあっているようです。
10月4日 昨日のハードな休日がたたったのか、夜になって涼子の具合がおかしくな
り、熱をはかってやると、38度7分もあり寝かせる事にしました。薬を飲ませ、ジュース
をやって、”しんどかったら、父さん母さんに、しんどいって言いや” と言って涼子がい
るところから、厨房での仕事が見えるようにして寝かせました。ボクと女房が仕事につ
き、オーダーをこなしていると、”シンドイ” という声が聞こえ、涼子の方を見ると、なん
と笑顔でこちらを見ているではありませんか。再度 ”シンドイ” と笑顔で言うのです。
なんと涼子は熱が38度を超えていても我々両親に対して、ギャグをかましているので
す。誰に似てしまったのか、性格というものは恐ろしいものです。ギャグはええから、は
よ元気になれよな・・・・・。
10月5日 宿泊のお客さんがチェックアウトされるやいなや、涼子を連れて病院へ行き
ました。熱が38度を超えているのですが、涼子はなにかしら元気で不思議な感じでした。
薬をもらって帰ってきましたが、元気すぎる涼子を寝させるべきか否か、考えてしまいま
した。涼子が風呂に入らないとなると、風呂も沸かさずシャワーで済むので、我々親はい
つもより楽に時間を過ごせました。薬が飲みづらいらしく、飲むのを拒む涼子に ”がんば
れ” と言うと、”ガンバラナ〜イ” と答えが返ってきましたが、なんとか飲ませて事なきを
得ました。自分が病気になるのも大変ですが、子供がやられるともっと大変です。
10月6日 涼子の熱は下がったようですが、顔色が青白く完璧には治っていないようで
す。3日ぶりのお風呂で気持ちよかったようですが、顔色がさえないのが気になります。
今朝の朝刊に北アルプスが紅葉しているのが載っていました。次の休みには出かけてみ
たいと思っていますが、涼子の体調次第になりそうです。
10月7日 涼子の熱はほぼ下がり、顔色も戻って一応回復したようです。ホッとしまし
た。買い物に外に出ました。今日はスカッと晴れて秋晴れのとてもいい天気でした。斑尾
妙高の山々がとてもきれいに見えました。日中は結構暑く感じるほどでした。先ほど外に
出てみると、うって代わってとても寒く感じました。この寒暖の差が山の紅葉に影響する
ようで、これからますます山がきれいになっていくのでしょう。紅、黄、緑の木々に囲まれ
て、空は高く一面青一色で、遠くの山の尾根を眺めながらの、おにぎりと赤ワイン。コンロ
で沸かしたお湯をインスタントみそ汁にそそいで、白い湯気を眺めながら手を暖めつつの
秋山の食事はもうたまりません。次の休みの日、行けるかなあ?天気も今日みたいに晴
れたらええんやけど・・・。
10月8日 薪ストーヴに使う薪を切り始めました。真夏に村のおじさんが瀬板を束にし
てもってきてくれたのが、駐車場にそのままにしておいてあったので、約一年ぶりにチェ
ーンソーを収納庫から持ち出し、切ることにしました。腰に痛みが伴う仕事なので、なか
なか手をつけられずにいたのですが、天気も良いしご近所も始めたことなので、休み休
み始めました。去年はチェーンソーの音を聞くだけで、涼子は大泣きをしてその場から
消えて行ったのですが、今年はチェーンソーを持ち出したその時だけ、思い出したように
顔を背けていましたが、大きな音を鳴らして切り始めると、ボクから少し離れた位置で眺
めていました。ボクが木を切ると、”オトウサン、スゴ〜イ” と手をたたいて喜んでくれま
した。涼子も去年より少し山の暮らしに慣れたのでしょうか・・・。
10月9日 久しぶりに家の前の道路にしゃがみ込み、山を眺めながら話す時間がとれ
ました。宿泊のお客さんが全て帰った後すぐに買い物に出かけ、昼の営業に備えました。
ところが休日であるにも関わらず、昼にお客さんが全くお見えにならず、幸か不幸か涼
子と遊ぶ時間ができ、ボーっと山を眺めながらご近所と話したりする時間がもてました。
いつもいつも忙しいわけではないのに、なぜかせかせか過ごしていました。少し考えない
といけません。明日は休みなので、体調さえ良ければ山登りに出かけようと思っていま
す。果たして涼子はどれだけ歩くのでしょうか。”オンブ、ダッコ、ゼッタイ イワナ〜イ” 
と公言していますが、いつものことなので・・・・・。
10月10日 朝6時に起き、なんだかんだと準備をして、8時に家を出て白馬栂池本面
に向かいました。本当は白馬大池まで行ければと思っていたのですが、よちよち歩きが
抜けきらない涼子にとって片道3時間の山歩きは並大抵ではありません。栂池の自然
園横の登山口から、白馬乗鞍の麓の天狗原を目指しました。天気は曇りで青空はほと
んど見えませんでした。それでも山の彩りには曇った天気も気にならないほどで、それは
美しいものでした。前日の雨でぬかるんだ道でしたが、涼子は岩肌を這うように登るのが
おもしろいのか、途中何度も転んだりして手や服を真っ黒にしながら、40分以上は山道
をよっこらよっこら歩きました。2年前に涼子をここに連れてきたときには、まだまだ赤ん
坊でボクにおんぶされていても泣いていましたが、次回来る頃にはかなり歩き通せる感
じがしました。ボクにとってもこの天狗原まで来るのは実に10年ぶりで、当時と変わらぬ
山の景色に圧倒されました。変わったのは人の多さで、さすがに天狗原まで登るのは、
ちょっと登山なので、それほど多くはありませんが、10年前にはなかったゴンドラリフトの
影響で、考えられないほどの軽装で老若男女入り乱れて、登山道入り口まで来られます。
下界では見ることのできない山の景色は、がんばった人だけが体験できる極上の贅沢
だと思っていたのですが、いやはや少し山の値打ちが下がったような気がしました。
10月11日 昨日の登山で全身が筋肉痛で、ボクも女房もなかなか起きあがれず、早く
目覚めた涼子にパンチだ、キックだのと攻撃を受けながらやっとの事で布団から抜け出し
ました。”山登り、おもしろかったぁ?” と聞くと、”オモシロカッタ。デモ リョコタンネ オヤ
マノボリデ オンブ ダッコッテ ユウノ” と昨日は随分歩いたにもかかわらず、ボクや女
房にオブってもらった事を気にしていたようでした。なかなか昨日の行程を全部涼子の足
で歩き通すのは無理があります。親としては100点のできですが、涼子には不満が残っ
ていたのでしょうか。にもかかわらず、近くにオープンしたスーパーに買い物に出かけた
のですが、買い物を始めたとたんに ”オトウサン、ダッコ” なのですから、どうしようもあ
りません。
10月12日 女房の両親が遊びに来てくれました。涼子が昼寝をするくらいの時間だっ
たのですが、おじいちゃん、おばあちゃんと遊ぶのに忙しく、とうとう昼寝もせずに一日
遊び続けていました。普段は必ず1,2時間は昼寝をするのですが、今日はよほど嬉し
かったのでしょう。我々親が仕事をしているときにも、ちらっと顔は出すのですが、また
遊びに戻っていました。僕たちにとっては、育児を助けてもらえる、つかの間の休憩であ
ります。
10月13日 今までにもその傾向はあったのですが、涼子が ”オジイチャン ダ〜イス
キ” と言って、おじいちゃんのそばから離れないのです。夜の店を臨時休業にし、温泉と
食事に行ったのですが、温泉も ”オジイチャント ハイル” と言って、おじいちゃんの側
をまとわりつき離れません。体を洗っているときも、温泉に浸かるときもずっと一緒です。
おじいちゃんは自分の子供を、風呂に入れたことなど一度もないと言っていたのに、今に
なって孫を入れる羽目になって少々困惑気味です。ドライブインで食事をするときも、おじ
いちゃんの横にチョンと座って、涼子はご機嫌です。おじいちゃんはモテモテなのですが、
どうしてもダメなのが、”オジイチャン オシッコ” のようです・・・。
10月14日 今日も涼子はおじいちゃん、おばあちゃんに遊びに連れて行ってもらって
ご機嫌です。全く怒られる事がなく、何でも言うことを聞いてくれるので、ウキウキして遊
んでいるようです。ボクはと言えば、涼子の子守の時間がなくなり、その時間に薪を切っ
たり、のびていた雑草を刈ったりでたまっていた雑用がこなせました。もちろん女房の親
の飯炊きまでするのです。ちょっとは偉いもんでしょ・・・。
10月15日 連日おじいちゃん、おばあちゃんに遊びに連れていってもらって、涼子は
今日もご機嫌です。少しだけですが、涼子がおとなしくなったように感じます。おじいちゃ
んは、とても物静かな人で、ボクのようにギャンギャン物を言わないので、涼子はその
影響を受けたのか、乱暴にしゃべるのがなくなった気がします。子供は親が育てたよう
に育つということですが、このままおじいちゃんに育ててもらうと、物静かな清楚なお嬢
さんに、涼子といえども育つのかもしれません。しかしながら生憎、ボクが育てることに
なっていますので、涼子にとっては気の毒な話ですが、やんちゃくれがまたそのうち出て
くる事でしょう。
10月16日 おじいちゃん、おばあちゃんが帰る日です。案の定涼子も車に乗って奈良
についていくと言って、聞きませんでした。最後は涼子の大泣きに包まれておじいちゃん、
おばあちゃんは帰っていきました。よほど楽しかったのでしょう。その後はボクなどには
目もくれず、女房と遊んでいました。昼の営業を終えて、志賀高原に弁当を持って、ハイ
キングに出かけました。少しは涼子のご機嫌も直った感じです。
10月17日 店は定休日だったのですが、宿泊のお客さんがあったので、どこにも出か
けず家で草刈りなんかをやっていました。随分寒くもなってきたので、女房がホーム炬燵
を3年ぶりに出してくれました。涼子が生まれる前や、生まれた年には炬燵が出ていたの
ですが、涼子が悪戯を始めるようになった昨年、一昨年は炬燵は物置にしまったままで
した。今年はとりあえず僕たち親の言うことが、少しは理解できるようですので、当分炬
燵で暖をとれそうですが、さてさてみそ汁でもこぼしたその日には、即刻涼子の泣き声と
共に、炬燵は物置に帰ってしまいそうです。
10月18日 雨が降って肌寒い一日でした。食堂から見える木島平の田圃は全て稲刈
りを終えたようで、刈り取った後の田圃の色がより肌寒く感じさせます。標高の高いとこ
ろの紅葉は見頃が今週いっぱい位と言われています。もう一度くらいどこかへ出かけて
みたいと思いますが、天気が思わしくないのと、野暮用続きでどうなるかわかりません。
涼子は寒かろうが、雨が降ろうがお構いなしで、ただひたすら元気で走り回っています。
何となく雪のことが気になってきました。雪に閉ざされると走ることもできなくなります。や
はり、秋は寂しい季節です。
10月19日 良いお天気でした。風もなく穏やかな日だったので、昼の営業を終えてか
ら弁当を持って、牧の入地区の方へハイキングに出かけました。高社山も中腹から上は
随分色づいていて、いつも見慣れている山なのですが、とてもきれいに見えました。平日
なので、パラグライダーをしている人はありませんでしたが、いつも下から見ている景色
を上から見るとまた良いのでしょう。涼子にとってはつまらないアスファルトの道ばかりだ
ったので、おんぶ・だっこが連発されましたが、栗を拾ったり、ススキを振り回したりしな
がらのハイキングは楽しそうでありました。
10月20日 振り替えの定休日をとりました。晴れていれば北アルプスへ登山に行こう
と思っていました。ところが朝から曇っていて、天気予報は午後から雨の予報だったの
で、インドアのスポーツを何かやりに行こうと出かけました。上越の方へ行って、アイス
スケート場がオープンしていたので、やってみることにしました。実にアイススケートなど
36歳の現在まで、1度しかしたことがなく、かなり不安でした。ローラースケートは小学
4年の時に熱中したことがありましたが、それくらいのキャリアです。涼子の靴なんかも
あって涼子も挑戦しました。女房は結構上手に滑っていましたが、ボクはといえばフラフ
ラしながらリンク内をかろうじて滑っていました。涼子は我々親に手を引かれながらなん
とか歩いていました。女房におんぶされているととてもご機嫌でした。ボクももう少し練習
するとちょっとは上達しそうです。ただ涼子の方が早くうまくなりそうなので、なんとかでき
れば親父の体面も保てるのですが、どうもダメな感じです。帰りにスーパーで売れ残りの
総菜を買ってきてビールを飲んで、雨の日の休日は早くも終わってしまいました。
10月21日 もし1ヶ月の間、家族で外国に行くことができるとしたら、どこの国に行っ
て、なにをしますか?予算はそんなにありません。できるだけ節約しながらの旅がいい
のですが、楽しい企画があればご提案下さい。ボクは暇になると自然にそんなことを考
えてしまいます。これから晩秋を迎えもうヒトがんばりした後、休む間もなく冬のシーズン
突入です。一般の社会とはまるで隔離されたような世界で、毎日雪との闘いの日々が続
き、”もう あかん 倒れる〜” と最後の悲鳴をあげる頃、ようやく雪が解け始め、鳥の
声と雪の解ける音と共に、雪に閉ざされた日々から解放されます。さあそうするとボクは
遊びに出かけます。海に山に川にもうあちこちいろんな所へ出かけ、遊びたいのです。
いつも思い浮かべるのは、カナダやヨーロッパの山々を縦走する事です。一歩一歩山
を登り、目的地に着き、風を感じながら遠くの山々や湖を見下ろし、赤ワインとチーズで
乾杯。え〜なぁ!不思議と南の島で遊ぶことは考えません。海でシュノーケルするのも
たまらなく好きなのですが、なぜか想像するのは山になってしまいます。涼子に嫌がら
れるまで、家族であちこちどこでもアウトドアを続けたいと思います。
10月22日 最近涼子は手伝いをするのが楽しいようです。当然ながら大したことは
できるはずもないのですが、新聞を持ってきてもらったり、枕を移動させたりなど実に簡
単な事なのです。今朝も朝食を食べるときに、コップをテーブルに運んだり、牛乳を運ん
だりしてくれました。それを誉めてやるととても喜んで、次は、次はと調子に乗って手伝
うことはないのかと聞いてきます。パンにジャムをぬるときに、涼子が自分もやりたいと
言い出しました。とその時電話が鳴り、我々親はあーだ、こーだと、涼子の言うことに耳
も貸さずに、問い合わせに対する返事をやりとりし、その手で無意識にパンにジャムを
ぬり始めました。すると大声で涼子が泣き始めたのです。我々がやいやい言っている
時に、涼子はしきりに大声で ”リョコタンモ ジャム ヌリタイ” を繰り返していたのに、
無視を続けてしまったのです。ぬり終えたパンにもう一度ジャムをぬってもらうように頼
みましたが、聞き入れてもらえず、ふくれっ面をされてしまいました。また今度機会があ
れば頼みます・・・・・。
10月23日 一日中雨で、家の中で過ごしました。こんな日の涼子は大変で、有り余る
体力を全部家の中で使うので、我々親は相手をするのに疲れてしまいます。不謹慎で
すが、仲の良いお客さんでも来て下さるとまた涼子の気もまぎれ、我々親も少しは楽に
なるのですが、あいにくの天気も手伝って今日はノーゲスト。育児はなかなかつらい物で
もあります。
10月24日 火曜日で食堂は定休日です。ここしばらくあちこち出かけていたので、ボ
クは疲れがたまっていました。女房子供は全くそんな事はないようですが、なんかボクは
少し疲れています。良いお天気だったので、本来なら山に出かけていたのですが、今回
はボクの意見を尊重してもらって、お昼前まで寝ていました。炬燵に入り新聞を広げ、
食パンでもかじりながらゆっくり読もうとしましたが、一番元気な涼子はじっとしていては
くれません。背中、肩、足、新聞の上などいろいろなところへ乗ってきてはボクの邪魔を
します。ゆっくり家の中で過ごすことなど不可能であります。仕方がないので、雪のない
ゲレンデに行って食事をすることにしました。高社山の中腹まで、1時間強を歩いて木島
平の里山が広く見下ろせる所まで行きました。風もなく、人もなくゲレンデは貸し切り状
態で、ゆっくりできました。コッヘルでごはんを炊き、レトルトのカレーを温め、そのお湯
をカップラーメンに注ぎました。外で食べるとどんなにつまらない物でも美味しく感じま
す。去年ベルンで買ったザックが今の涼子にはピッタリで、ご機嫌な涼子の背中を眺め
ながら、持っていったボールを転がしつつゲレンデを下って帰ってきました。育児をしな
がらゆっくりするというのは無理な話かもしれません。
10月25日 涼子が泣いています。鼻水をたれているので、お風呂をやめるように言っ
たのですが、女房と一緒に入ると言ってきかず、風呂に入れないままギャーギャーわめ
いています。こんな時はなんと言ってきかせれば良いのでしょう。うるさいので知らん顔
をして、放っているのですが、言い聞かせることも無理でしょうし、ご機嫌が直るまで待
つより仕方がありません。
10月26日 ほんの少し前まで絵本など読んでやっても、最後まで聞いている事はな
かったのですが、近頃は絵本を読め、読めと涼子はうるさく言います。ボクも元気なとき
はいくらでも読んでやりますが、仕事で疲れていて、寝る前に絵本を何冊も読むのは、
結構つらいものです。先ほども3冊も読まされて声もかれてきて、眠くなってきているの
に、涼子の目はギラギラしています。シーズンに入ると本を読んでやる時間など全くとれ
ないので、今だけの本読みサービスですが、これもまたつらい物です。
10月27日 厨房で仕事をしているときに、ふと隣の部屋にいる涼子の方へ目を向け
ると、ボクと全く同じ姿勢でおもちゃの包丁を持ちながら、何かを切るマネをしていまし
た。ボクが引き切りをしているのがよく目につくらしく、涼子も引き切りをしているのです。
またしばらくして見てみると、今度はフライパンをふっているのです。フライパンをふる
ってわかるでしょうか?よく中華料理屋さんなどへ行くと、フライパンの中身をひっくり返
しながら味付けをやっていますよね。ボクも焼きめしなどを作るときに、フライパンをふ
りながら味付けをするのですが、それを涼子は小さなおもちゃのフライパンでやっている
のです。よぉく見られています。何かと気をつけなければいけません。
10月28日 涼子のやんちゃは日毎にひどく、激しくなってきているようで、どうもしから
れてしょぼくれる事が多くなっています。しかしながらいつまでもすねているわけではなく
て、すぐに元気を取り戻し、違った悪戯を探しては我々親にしかられています。手や足が
随分思い通りに動くようになってきたのと、言葉による意志の疎通もかなりできるように
なってきたのが、その理由だと思います。ますます凶暴になってゆく涼子を、どのように
躾けていけばよいのでしょうか。我々もヒステリックにしかるだけでなく、本当の意味で大
人にならなければなりません。
10月29日 いつの間にか涼子のおもちゃの箱はいっぱいになっています。ボクが買
い与えた物は何一つなく、あるとすればお子様ランチを食べたときにもらったボートくら
いでしょうか。それが我々が買い与えないのを知ってか知らずか、我々の両親だけで
なく、宿や店に来て下さるお客さんまでが涼子におもちゃを持ってきてくれます。今日も
仮面ライダーのベルトや、ボクには全くわからないアニメのキャラクターグッズを涼子に
くださいました。仮面ライダーのベルトなどを腰に付けると、本人は正義の味方のつもり
なのでしょうが、顔つきは悪役そのものなのです。孫のようにかわいがってくださって恐
縮するばかりです。住宅ローン地獄の中にいる僕たちは、これからどうやってお礼をし
ていけば良いのでしょう。本当に申し訳なく思っています・・・・・。
10月30日 28日から宿泊してもらっている青年がいます。涼子はお兄ちゃんの事が
怖いらしく、お兄ちゃんが食事に食堂へ降りてきたりすると、すぐにそばを離れてしまい
ます。”ダッテ オニイチャン キライナンダモン” と言っていつもは元気な涼子が、おと
なしくなってしまいます。それが3日目ともなると少しは慣れてきたようで、名前くらいは
名乗れるようになりました。今日は青年の他に宿泊のお客さんがいなかったので、店の
営業を終えてから温泉に行くことにしました。温泉に到着し車から降りると、なんと涼子
はあれだけキライだと言っていた青年に、手をつないでもらって歩いているのです。最近
涼子は、よほど悪人面のおじさん以外は結構仲良く話せるようになったようです。少しは
進歩したのでしょうか。
10月31日 女房から聞いたのですが、ピーターパンの絵本を何度か涼子に読んであ
げていました。すると涼子は絵本の登場人物をほとんど言ったというのです。”これはだ
れ?” と聞くと ”フックセンチョウ” ”これは?” ”ティンカーベル” ”これは?” ”カ
イゾク” などとほとんどの名前を覚えていたらしいのです。唯一誰かわからなかったの
が・・・・・????? ピーターパンだったそうです。変なやつやな〜! もちろん涼子で
す。

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