親バカ父ちゃん子育て日記
6月30日 朝から2度も友達の家に行って、一緒に遊ぶのを断られた涼子は
力が有り余って仕方がありません。昼の営業を終え、食事を食べ終えると、自
転車に乗りたいという涼子を連れて、ダムまで行きました。あまり自転車に乗る
機会がないので、涼子は同じ年齢の都会の子供達と比べると、随分下手だと
思います。それでも蒸し暑い中、汗をボトボトにかいて、あっちにチョロチョロ、
こっちにチョロチョロという感じでペダルを踏んでいました。家の側にももう少し
平らな所があればいいのですが・・・。
6月29日 「りょこたんもお手伝いしたい。じっとしてるお仕事なんかヤダ!」
涼子が厨房にやって来て、何かお手伝いしたいと言うと、ガサガサ動かないで、
静かにするというお仕事をやって下さいと伝えていました。少し前までは、真っ
直ぐに突っ立って、ニヤニヤしながらしばらくはじっとしていたのですが、最近は
ボクのようにジャガ芋を切ったり、玉ねぎを切ったりしたいと言います。手伝って
もらいたいのはヤマヤマですが、まだナイフを持たせる訳にはいきません。
6月28日 近くのホテルの料理長が久しぶりにお見えになりました。涼子は料
理長を見るなり、「こないだカニ食べさせてくれてありがと!」 と言いました。4
月の初め、涼子の保育園の入園式を終えたすぐに、料理長の厨房にお邪魔し
たのですが、その時にビールとカニをご馳走になっていました。ボクはシーズン
中には勉強も兼ねて、度々厨房にはお邪魔し、何かとご馳走になるのですが、
失礼ながらカニを頂戴したことなど全く忘れていました。しかし涼子はたいした
もので、よぉく覚えていました。ボクが忘れっぽいのも問題ですが、子供の記憶
力は本当にたいしたものです。
6月27日 小泉さんが訪問しているカナナスキスというところを手元の大雑把
な地図で見てみましたが、ロッキー山脈の中にあるという初歩的な事しかわかり
ませんでした。カナダを自転車で走っていた21歳の時、ロッキー山脈を貫く国道
を、2歳位の子供を三輪車に乗せたお父さんと、自転車のお母さんが旅してい
ました。その勇姿を見て以来、ボクも同じような事をやってやろうと思い続けてき
ました。2008年には必ずやろうと、20代前半のボクは幾人かの友人に声をか
け、友人家族達と共にバンフ、ジャスパー間300キロを走るつもりでいます。し
かし時が近づくにつれ、どうも盛り上がっていた友人達は参加するかどうかわか
らなくなってきました。予想通りではあります。何故2008年か・・・。それは単純
に40歳代半ば位が体力的には限界ではないかと思ったからです。ボクは自分
達家族だけになっても、必ず走るつもりです。テレビに映るロッキーの山並みを
見て、ワクワクドキドキしてきました。
6月26日 蒸し暑い日が続きますが、肌寒く感じる時もたくさんあります。昨日
の温泉からの帰り道、少し寒かったのか、涼子が鼻を垂れてきました。夕べ寝
ている時、涼子が熱を出さないか不安で仕方ありませんでしたが、今朝は鼻を
垂れながらも元気に保育園に向かいました。帰ってきても相変わらずだったの
で、ホッとしました。気をつけてやるのは親の仕事です。
6月25日 やはりうっとうしいお天気で、ボクはどこにも出かけたくありません
でした。行き先も決まらないのに、涼子も女房も行く気満々です。こんな日は誰
にも邪魔されず、一人でパチンコでもやって、稼いだそのお金でビールなどを
飲みつつ、寿司でもつまみたい・・・というような気分でしたが、なかなか解放し
てはもらえません。弁当持参で小布施の公園に行き、子供を遊ばせ、野沢の温
泉に入って帰って来ました。どなたかこっそりボクだけ飲みに誘ってくれません
か。自営業も人並みにつらい日があるものです。
6月24日 明日もうっとうしいお天気のようで、最近の休日は雨ばかりです。
涼子に尋ねました。「明日も雨みたいだけど、明日はどこに遊びに行きたい?」
少し考えた後、にやっとした涼子は小さな声で 「フランス・・・」 日帰りできるな
らどんなに嬉しいでしょう。ちょっと無理。ほとんど無理。絶対無理!
6月23日 ちょっと昼寝をしようと横になっていました。布団に入って10分位
経った時インターホンが鳴り、ハッと目が覚めました。遠くで子供の声が聞こえ
ます。”ピンポ〜ン” とインターホンの音が腹立たしくなるほど鳴り続け、その
音の合間に 「お父さ〜ん!バレーボールしよう!」 とかわいく怒鳴る子供ふ
たりの声がします。もっと昼寝をしていたいボクは、チビ達の誘いには応じず、
布団の中にいました。子供達もなかなかしぶとく、20分もの間、「起きろ〜!」
とか 「なに寝てるんだよ〜」 と乱暴な言葉を交えながら、ボクを呼び続けます。
そのうち二人だった声が三人になり、声は大きく、より賑やかになりました。ボ
クも昼寝どころではなくなりましたが、布団を頭からかぶって、横になっていまし
た。しばらくして声が聞こえなくなったと思ったら、ボクの寝ている扉の向こうで 
「せぇのぉ、起きろ〜!」 と声が聞こえたので、ボクはプッと笑ってしまい、「うる
さ〜い!」 と応戦したら、寝ている部屋の向こうからチビ達3人が乱入し、布団
の上からこてんぱんにやられてしまいました。結局、バレーボールではなくサッ
カーのお遊びの相手をさせられる羽目になりました。外にも親父達はいたので
すが、草刈りをしていたようで、子守りはボクの仕事になりました。約1時間ボー
ル蹴りをさせられましたが、彼らのパワーは恐るべしであります。
6月22日 昨日保育園から戻った涼子は小さなビニール袋に、ニラ一束を半
分に切った位の量の雑草を大事に持っていました。今日は保育園から少し離れ
たやまびこの丘公園で、親子遠足がありました。女房に連れられて、涼子は昨
日持ち帰った雑草の入った袋を握りしめ、楽しそうに公園に向かいました。雑草
は公園にいる山羊に、餌として与えるものでした。ところが山羊のいる囲われた
所に入ってゆくと、大きな山羊が涼子の持つ雑草欲しさに、突然涼子に駆け寄っ
て来て、驚いた涼子は必死で逃げ、女房の ”草の袋を捨てなさい” の声と共
に袋を投げ捨て、山羊は涼子を追いかけるのをやめたそうです。涼子は驚きの
あまり大泣きだったそうです。せっかく山羊に餌をあげようと、昨日から喜んでい
たのに、残念な結果になりました。
6月21日 久しぶりに大忙しでした。どうしてこう何もかも重なるのか、忙しい日
というのはこういうものです。今日も絶好調だった涼子はいつもの時間に眠って
しまいました。
6月20日 近所の班で夜に会合がありました。食堂のお客さんがなくなってか
ら、ボクも参加しました。「じゃあ父さん行って来る!」 と言うと、涼子が 「りょこ
たんも行きたい!」 と言いましたが、「おじさんおばさんの集まりだから、涼子は
また今度ね」 と言ってボクは出かけました。会合から帰ると女房が 「父さん出
ていってから、りょこたん大粒の涙流して泣いてたよ」 と言われました。「どうし
てりょこたん泣いてたの?」 と聞くと、「どんなところか見たかったの」 というこ
とでした。何でも見たいし、やってみたいのです。
6月19日 保育園に行くようになり、涼子は赤ん坊の頃から飲んでいた暖かい
ミルクを、最近は飲まなくなりました。スーパーに行くと一度に5,6リットルは買
っていたのですが、その必要もなくなりました。トイレも多くは一人でできるように
なりました。今朝も涼子を保育園に連れていくと、「先生おはようございます!」
と歯切れよく、元気に挨拶ができていました。保育園通いが3年目になるという
のに、おはようございますも、さようならも言えない子供がいるというのに、きちん
と挨拶はできていました。どうもこれはと思う点は、何かしらべらべらと絶えずしゃ
べっています。ガサガサと動いていて、じっとおとなしくしていることもありません。
口と体が絶えず動いているのです。ボクも子供の頃はガサガサと落ち着きのな
い子供だったので、仕方がないかもしれません。
6月18日 休みの日なのに天気が悪いと情けなくなります。日本海で魚釣りを
計画していたのですが、雨も降ってきました。空を眺めながら悩んでいましたが、
女房も涼子も行く気満々です。ビールやジュース、肉や野菜、炭の準備がどん
どん進んでいきます。仕方がない。とりあえず出かけようと、海を目指しました。
予想通り、天気こそ曇っていましたが、海は荒れていて魚釣りどころではありま
せんでした。涼子は相変わらず元気で、貝殻を拾ったり、波打ち際を走り回って
遊んでいました。バーベキューを終え、新井市にある寸分道温泉に行きました。
ちょうどサッカーの日本代表がゲームの最中でした。あまり気にはかけていない
つもりだったのですが、やはり負けてしまうと悔しい気がするのは何故でしょう。
サッカー観戦を終え、戻ってきました。まだ今週も暇な日が続くでしょうか。ホタル
でも見に行くことにしましょうか・・・。
6月17日 保育園で、昼ご飯の時に涼子は先生を手招きし、小さな声で呼んだ
ようです。「りょこたんね、これ食べれないの」 指さしたものはみそ汁だったそう
です。先生はみそ汁は残してもいいから、他のものを食べるように言ったそうで
す。おかずにはアスパラベーコンが出ていたそうですが、子供達の何人かはア
スパラが食べられなかったそうですが、結局涼子は何も残さずに全部食べたよ
うです。近頃家の食卓でも、涼子はピーマンが嫌いだとか、きのこが嫌いだとか
と言ったりします。嫌いでも何でもありません。保育園に通うようになってから食
べられなくなったのです。いえ食べられないのではありません。友達の中に、好
き嫌いのある子がいて、自分もそんな風に言ってみたかったようなのです。なん
でも真似したくなるみたいです。
6月16日 忙しすぎても疲れますが、暇すぎても疲れるものです。ここ数日暇な
日が続いているので、ボクも女房も顔がひん曲がってくるほどです。対照的なの
はもちろん涼子です。蒸し暑くても雨が降ってもまるで関係なく、ひたすら元気に
遊び続けています。涼子と同じように盛り上がり続けているのがサッカーです。
テレビをつけてみると必ず目に入ります。先日チューリッヒからの飛行機で、ア
イルランドのサポーターの人達と一緒になりました。今日はものすごい試合で、
アイルランドは負けてしまいましたが、あの人達は今日は韓国にいるのでしょう
か。チューリッヒの税関では、税関の係りのお兄さんが自分達家族もこれから3
週間日本に行くと言っていました。サッカーを観戦しているのでしょうか。冷え込
んだびっくりりえたんと違って、ものすごい盛り上がりです。嵐の前の静けさだと
信じて、しばらく耐えていましょう。
6月15日 「今日はお父さんと一緒にお風呂に入ってあげるね。明日もね。そ
れからその次も、その次も、その次もずーっと山ほどお父さんと一緒に入ってあ
げるね!」 とえらく父さんびいきでありました。悪戯をして女房に叱られたようで
す。たまにはこんな事もあるのです。
6月14日 知り合いというのはたくさんいるかもしれませんが、友達はそんなに
多くはありません。今つき合っている友達というのは、おそらく死ぬまでつき合う
事になるであろう人達です。ボクはわがまま気ままな性格ですが、義理立てをす
る方であり、スジを通す方なので、よくケンカもしました。もちろん今でもその勢い
は衰えていません。ボクがこういう感じなので、友達もどういう訳か自然と似たよ
うな性格が揃っています。その友達の一人で、一番怪しい雰囲気の男がいます。
ボクよりもひとつ年下で、ようやく結婚するようです。とても怪しい雰囲気なので、
その男の友達は全て、見事にその筋の人に見えます。例外はボクだけです。ご
存じのようにボクはプクッと肥ったジャニーズ系なので、一番美しいわけです。
結婚式にお呼びがかかりました。美しいボクから一言を・・・というわけです。しか
しボクもその集まりは非常に怖い。お断りしました。友達ですが・・・。怪しい雰囲
気ですが、その男は目元がとてもかわいいので、きっとかわいいジュニアが生ま
れる事でしょう。子供ができたら、そのひげを剃って、フィリピンクラブはやめて、
博打もやめて、そして遊びに来て下さい。涼子と遊ばせましょう。待ってるでぇ!
6月13日 お風呂から出た涼子と女房がテレビに夢中になっていました。さぁ、
父さんもお風呂入ろうと言っても、誰も振り向いてくれません。ボクはパンツひと
つになり、両手を振り上げてお尻を振っていましたが、涼子がポツリ 「早くお風
呂に入りなさい!」 腹が立ってきたので、丸めて持っていた靴下をパンツのお
尻の所に入れて、再び踊り始め、「ウンチ出ちゃった!」 と言うと、涼子は目を
丸くして、「ホントにウンチ出ちゃったの?!そんなところで踊ってるからでしょ!」
パンツから靴下を取り出してみせると 「あ〜よかったぁ」 とホッとした様子でし
た。涼子はやはり立派に育つでしょう・・・。
6月12日 お風呂で、死ぬとか死なないとかの話になりました。「お父さんが死
んでお母さんが死んで、りょこたんがひとりぼっちになったらどうする?」 涼子
の表情は真剣になり、そしてひとこと。 「りょこたんもしむ・・・」 涼子の潔さに
感動しました・・・。
6月11日 天気予報で雨だと伝えられていたので、魚釣りも山登りも休みの計
画からははずしていました。朝起きてみると少し青空は見えていましたが、ほと
んど雲で覆われていて、今日はどうしようかなぁ・・・とどんよりした空を眺めなが
ら、最近やけに増えだした白髪の目立つ頭を掻きむしりつつ考えていました。あ
まり遠くに出かけるのも疲れるし、お金もないし、そして涼子はうるさいし・・・と考
えて、長野市内の無料の動物園に行くことにしました。来月5歳になる涼子は今
までの動物園体験の中で一番楽しそうにしていたように思います。今までは動物
を見ても、それほどはしゃぐことはなかったし、何よりすぐ疲れてしまって、だっこ
だとかおんぶだとかを口走っていましたが、今日は動物に対する興味の示し方
や、遊具での遊び方も幼児らしくなり、以前よりおねえちゃんになったなぁと感じ
させるものでした。蒸し暑い動物園の中を走り回った涼子は、ひとり汗をボトボト
にかいていました。長野市内から少し離れた鬼無里村の温泉に入り、お客さん
の社長夫婦に晩ご飯をご馳走になって帰ってきました。ちょっとラッキーな日でし
た。
6月10日 日々絶好調な涼子に 「保育園で嫌な事ってあるの?」 と尋ねる
と、う〜んと一瞬唸った後、「青組のお兄ちゃんがりょこたんの真似するの。おは
ようって言ったら、おはようって真似するの。それがイヤ」 とお風呂で話してくれ
ました。人並みに嫌なことも体験しているようです。
6月9日 仕事が忙しくなってくると、相変わらず涼子はコチャコチャと注文して
きます。お菓子食べたい、なんか飲みたい、おもしろいテレビ見たい、と次から
次へと注文があります。多くはボクが料理をしているので、注文の聞き役は女
房になります。ぼよ〜んとした性格の女房ではありますが、腹も立ってくるようで、
涼子は叱られっ放しです。可哀相ですが、仕方ありません。相手にしてもらえな
い事がわかったのか、涼子は 「お父さん、お母さん、お仕事がんばってね!」
とかわいく言い残して、外に遊びに行きました。親のやっていることが、なんとな
くわかってきたように感じます。
6月8日 通常の土曜日は保育園に行くのですが、今日はどういう訳か休園日
なんだそうで、涼子は朝いつもの時間に起きだし、食パンを申し訳程度にかじっ
た後、さっさと友達の家に遊びに行きました。涼子の遊ぶパワーは並ではないと
思います。朝晩はまだまだ涼しい信州ではありますが、日中はムシムシと暑く、
外にいると日陰に入りたくなります。しかしながら涼子は日陰も日向も関係なく、
ひたすら飛んだり跳ねたり走ったり、時には絵を描いたりと遊び続けています。
友達と別れて家の中に入っても、遊びのリズムは狂うことなく、あまりにうるさい
とボクか女房に叱られはしますが、途切れることなく遊んでいます。恐れ入りま
す。
6月7日 思い出してみると随分前になってしまいました。イギリスのイングラン
ドに下宿していたのは24歳の時です。下宿の父ちゃんが、日本にはプロのフッ
トボールチームはあるのかとボクに聞きました。当時はJリーグなるものは存在
しませんでした。日本にはイギリスのようなチームはないと答えると、下宿の父
ちゃんはとても残念がっていました。父ちゃんは熱狂的なフットボールファンであ
りました。そのイングランドが先ほど試合を終えて、アルゼンチンに勝ちました。
父ちゃんの喜ぶ顔が浮かびます。女房もボクもなんだかテレビに釘付けですが、
おもしろくないのは涼子です。テレビでサッカーが始まると、何だかうなだれてい
ます。まぁ1ヶ月の辛抱だ!涼子!
6月6日 暑い日が続きます。ペンキ塗りも後少しです。お客さんに生ビールを
おごってもらって、なお作業は進みません。これからしばらく生ビールがたまりま
せん。胃の痛みが慢性的にあるので、注意しながら飲みましょう。涼子も生ビー
ルをくれとうるさいです。ミルクを飲んでるくせに、生意気なヤツです。ついこの
間まで寒い寒いと言っていたはずなのに、もう夏がやって来ます。
6月5日 玄関の木で作られているポーチの部分にペンキを塗りました。1年に
1度はペンキを塗るのですが、昨年はさぼってしまったので、随分はげて見窄ら
しくなっていました。相変わらず間抜けなボクは、色の違った塗料を買ってしまっ
て、今日は途中までしか塗れませんでした。涼子が側にいると、「りょこたんもす
る、りょこたんもする」 とうるさくて仕事が進まなかったはずですが、今日は自分
の責任で仕事が進みませんでした。子供がいてもいなくても同じようなものです。
6月4日 仕入れの帰りに食事に行きました。普段なら大衆食堂かドライブイン
なのですが、たまたまフランス料理のお店の前を通りかかったので、入ってみる
事にしました。「よしっ!フランス料理を食べよう!」 と車の中で話していました。
涼子は元気よく、お店の階段を上がって行きました。ボクが入り口のドアを開け
ると、涼子はボクの前を先に歩いて、お店に入るやいなや、「ぼんじゅう!」 と
叫びました。もちろん 「Bonjour!」 と言っているのです。先日の旅行の際、お
店に入るときは必ず 「ボンジュール!」 と言って入っていたのですが、フランス
という言葉を聞いて、それを覚えていたのか、思い出したのか、「ぼんじゅう!」
と叫んだのです。カッコ悪いやら、恥ずかしいやらで大変でした。食事を終え、お
店を出る時、「めっしー!おぼわぁ!」 を忘れてくれていたのでホッとしました。
6月3日 電話も鳴らず、お客さんも来ず、営業的にはとても静かな日でした。
ただ非常に腹立たしいことがありました。何の才能もなく、親が大金持ちでもな
いボクが宿泊施設を経営するためには、気の遠くなるような借金をしなければ
なりませんでした。ですから現在ボクは、表面的には普通の中年親父を演じて
いますが、それはそれはたいそうな生き地獄、ローン地獄の中にいて、金融奴
隷となっているのです。それがです。細かい話は省きますが、信用保証協会に
支払う保証料が間違って請求されているのです。簡単に言うと、5000円の支
払いでいいものが、1万円の請求がされているのです。金融のプロがどうしてこ
んなに大切なことを間違うのでしょうか・・・。それも2年続けてです。やはり護送
船団方式で守られてきた業界というものはこういうものなのでしょうか。ボクが気
が付かなければ、それは黙って金融機関から引き落とされてしまうのです。不良
債権はこういう人達の甘い甘い認識から増えたのだと思います。しっかりせぇよ
なぁ!!!・・・・・ということで、涼子は保育園から帰っても、元気が有り余り、そ
の相手に大変でありました・・・。
6月2日 昨日と同じように、今朝も朝4時に目覚め、パソコンをいじり、新聞を
読み、畑に出かけました。畑もしばらく放っておいたので、雑草が結構な高さに
伸びていて、それを取り除くのが大変でした。料理に使うハーブの種を少し植え
ました。木島平周辺は既にほとんどの田植えが終わっていて、農家の人達も一
段落したように見えます。女房と涼子はボクが畑から戻ってもまだ眠っていまし
た。9時を回ってようやく二人は起きてきましたが、女房もボクと同じく少々お疲
れ気味です。涼子はよく寝たという感じで、日曜日であるにも関わらず、「今日は
保育園行かないの?」 とやる気満々であり、ボクが仕入れに行くのと同時に遊
びに出かけて行きました。
6月1日 時差ボケはボクが一番ひどくて、昨晩もほとんど眠ることができず、
今朝は4時からパソコンを触っていたり、2週間そのままにしておいた庭や駐車
場の草刈りをしたりして、眠れない時間を過ごしました。涼子は夕べ1度、目を
覚まして遊び始めましたが、保育園に行けないよと言うと、すぐに眠り始めまし
た。ボクは仕事を始める時間になると眠たくなって1日ボーっとしていました。
滞在していたフランスではセーターを着て過ごしていたのに、こちらは既にセミ
が鳴いています。涼子はアッという間に日本時間に慣れ、汗いっぱいで元気に
遊び始めました。

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